特定承継(事業譲渡)とは?一部の事業だけを売る手順と注意点
「稼ぎ頭の事業だけを切り出して売ることはできないのだろうか」——そんな疑問をお持ちの経営者の方は、実は少なくありません。
会社全体ではなく、特定の事業や資産だけを売る方法を「特定承継」(または事業譲渡)といいます。株式譲渡のように会社ごと丸ごと売るのではなく、売りたいものだけを選択して譲渡できるのが最大の特徴です。
本記事では、特定承継の法的な意味から、事業譲渡の実際の手順、従業員・取引先への影響、税負担の比較まで、50〜80代の経営者の方が疑問に思いやすいポイントを順を追って解説します。
目次
特定承継とは?一般承継(包括承継)との違い

事業承継やM&Aの場面でよく出てくる「承継」という言葉ですが、法律上は大きく2種類に分けられます。それぞれの違いを理解することが、最適な承継方法を選ぶ第一歩になります。
| 区分 | 一般承継(包括承継) | 特定承継 |
|---|---|---|
| 代表的な取引 | 株式譲渡・合併・相続 | 事業譲渡・会社分割 |
| 承継の範囲 | 権利・義務をすべて引き継ぐ | 指定した資産・負債だけを選んで引き継ぐ |
| 選択の自由度 | 低い(会社丸ごと) | 高い(売る部分を選べる) |
| 手続きの複雑さ | 比較的シンプル | 交渉・合意事項が多い |
一般承継(包括承継)とは
株式譲渡や合併のように、会社の権利・義務をすべてまとめて引き継ぐ方法を「一般承継」または「包括承継(ほうかつしょうけい)」と呼びます。買い手は会社全体を受け取るため、プラスの資産だけでなく、隠れた負債や係争中の問題なども引き継ぐことになります。手続きが比較的シンプルで、一般的に経営者への税負担も少ない点がメリットです。
特定承継とは
一方、「特定承継(とくていしょうけい)」とは、売り手と買い手が合意した特定の資産・負債・権利だけを個別に移転させる方法です。代表的なスキームとして「事業譲渡」と「会社分割」があります。売りたい部分だけを選べるため、「稼ぎ頭の事業だけ売る」「不採算部門は残して黒字部分を譲渡する」といった柔軟な対応が可能です。
特定承継の最大の特徴は「売る範囲を当事者間で自由に決められる」点です。ただし、自由度が高い分、交渉・契約書の作成・手続きが複雑になるため、専門家のサポートが欠かせません。
特定の事業だけを売ることは本当に可能なのか
「稼ぎ頭の事業だけを売りたい」というご要望はよくお聞きします。結論からいうと、可能なケースと難しいケースがあります。自社の状況がどちらに当てはまるかを確認しましょう。
可能なケース
事業部門ごとに独立した組織・収益構造がある場合は、事業譲渡によって特定部門だけを売ることが現実的です。たとえば、製造業を営む会社が「製造部門」と「不動産管理部門」を別々に運営している場合、製造部門だけを買い手に引き渡すことができます。財務・人員・設備が明確に分離できる状態であることが前提条件です。
難しいケース
複数の事業が財務・人員・設備を共有していて、明確に切り分けができない場合は、事業譲渡の対象範囲の特定自体が困難になります。また、主力事業の許認可が会社全体に紐づいている場合(例:建設業許可、医療法人の許可など)は、許認可の引き継ぎが別途必要になる点に注意が必要です。
許認可(建設業・運送業・医療・飲食など)は、原則として「事業譲渡」の対象にはなりません。許認可が必要な事業を売る場合、買い手が新たに許認可を取得する必要があり、取得できない期間は事業を停止しなければならないリスクがあります。事前に所管官庁へのご確認をお勧めします。
・事業部門ごとに財務・人員・設備が分離できる場合は事業譲渡(特定承継)が可能
・許認可が絡む事業は事前確認が必須
・「切り分けができるか」の判断は専門家に相談して確認することが重要
事業譲渡(特定承継)の手順:全体の流れ

事業譲渡の手続きは、一般的に以下のステップで進みます。経済産業省の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、仲介業者やFA(ファイナンシャルアドバイザー)を介したプロセスが推奨されています。
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1
売り手による準備・相談:財務諸表の整理、売却する事業の範囲確定、アドバイザー・仲介業者の選定をおこないます。まずは自社の強み・事業の収益性を整理することが重要です。
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2
秘密保持契約(NDA)の締結:買い手候補との情報共有に先立ち、秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)を結びます。従業員や取引先への情報漏洩を防ぐ重要なステップです。
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3
買い手候補との面談・条件交渉:複数の買い手候補に対して企業概要書(IM)を提示し、面談・条件のすり合わせをおこないます。譲渡範囲・価格・従業員の扱いなどの条件を交渉し、基本合意書(LOI)に記載します。
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4
デューデリジェンス(DD):買い手が売り手の財務・法務・労務・税務などを詳細に調査します(=デューデリジェンス、略してDD)。ここで問題が発覚すると、価格の見直しや交渉破談のリスクがあります。
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5
事業譲渡契約書の締結・株主総会の承認:最終的な契約書を締結します。会社法上、重要な事業の全部または一部を譲渡する際は株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成)が必要です(会社法第467条)。
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6
クロージング(譲渡完了):代金の支払いと引き換えに、事業の実質的な引き渡しをおこないます。従業員の移籍手続き、許認可の確認、取引先への通知もこの前後に実施します。
詳しい手続きの流れについては、SDアドバイザーズの事業承継の流れページもあわせてご覧ください。
4040 VISIONでは、事業承継・M&Aに関する無料相談を随時承っております。ご状況を丁寧にお伺いした上で、最適な選択肢をご提案いたします。
従業員はどうなる?移籍・残留の実務

事業譲渡をお考えの経営者の方から最もよくいただく質問の一つが「従業員はどうなるのか」です。株式譲渡と事業譲渡では、従業員の扱いが大きく異なります。
株式譲渡の場合:従業員の同意は不要
株式譲渡では、会社そのものが買い手に移るため、従業員の雇用契約は基本的にそのまま継続されます。従業員一人ひとりの同意は原則として必要ありません。経営者が変わるだけで、会社という雇用主は同一のまま存続します。
事業譲渡の場合:従業員の同意が必要
事業譲渡では、売り手会社と従業員の雇用関係はそのまま残ります。従業員を買い手会社に移籍させるには、従業員一人ひとりの「同意」が必要です(労働契約の承継には本人の同意が必要)。移籍を断った従業員は、元の会社(売り手)に残ることになります。
・移籍を断った従業員の処遇(売り手会社に残った場合の業務・給与の確保)
・移籍を拒否して退職を選んだ場合の退職金・手続き
・キーマン(主要人材)が移籍を断った場合の事業価値への影響
これらは事業譲渡交渉の初期段階で整理しておくことが重要です。
従業員への説明は、タイミングと方法が重要です。早すぎると社内に不安が広がり、遅すぎると信頼を失います。一般的には、基本合意書締結後・クロージング前の段階で、経営者が直接丁寧に説明する形が望ましいとされています。▶ SDアドバイザーズの実績・事例紹介はこちら
取引先・契約の引き継ぎで起こりやすい問題
事業譲渡のもう一つの難関が、取引先との契約の引き継ぎです。株式譲渡なら会社そのものが継続するため取引先への通知は不要なケースが多いですが、事業譲渡では別の会社(買い手)が取引を引き継ぐため、取引先の同意が必要になることがあります。
契約の移転には相手方の同意が必要
民法上、契約上の地位を第三者(買い手)に移転するには、原則として契約の相手方(取引先)の同意が必要です(民法第539条の2)。つまり、売り手が「この取引先との契約も一緒に譲渡します」と決めても、取引先が同意しなければ引き継げません。取引先との関係が事業の根幹にある場合は、事前の根回しが欠かせません。
特に注意が必要な契約の種類
以下の表に、特に確認が必要な契約の種類とその注意点をまとめました。
| 契約の種類 | 注意点 |
|---|---|
| 継続的な取引基本契約 | 相手方の同意が必要。拒否された場合は解約・再契約となる |
| リース契約・賃貸借契約 | リース会社・不動産オーナーの承諾が必要なことが多い |
| 知的財産権(ライセンス契約) | ライセンス元の承認が必要なケースがある |
| 許認可に関わる契約 | 許認可の名義変更または再取得が必要になる |
取引先への説明は秘密保持に配慮しながら進める必要があります。クロージングの直前または直後に、経営者・担当者が直接説明する形が一般的です。
税負担の比較:株式譲渡と事業譲渡、どちらが有利か

「特定承継(事業譲渡)」と「株式譲渡(一般承継)」のどちらが税負担の面で有利かは、売り手が個人か法人か、譲渡する事業の内容によって異なります。一般的な傾向を比較します。
| 比較項目 | 株式譲渡(一般承継) | 事業譲渡(特定承継) |
|---|---|---|
| 売り手(個人)の課税方式 | 申告分離課税(約20.315%) | 法人税(実効税率約30%前後) |
| 消費税 | かからない | 棚卸資産・設備など課税対象資産にかかる |
| のれんの償却(買い手側) | 税務上の償却は困難 | 税務上5年間の定額償却が可能 |
| 簿外債務リスク(買い手側) | 引き継ぐ(リスク大) | 引き継がない資産・負債は除外可(リスク小) |
個人オーナーの場合:株式譲渡の方が税負担が低いことが多い
個人が株式を売却する場合、売却益に対して約20.315%の申告分離課税が適用されます。一方、法人が事業譲渡で資産を売却する場合は法人税(実効税率約30%前後)がかかることが多く、さらに棚卸資産などの課税対象資産には消費税もかかります。一般的に、個人オーナーにとっては株式譲渡の方が税負担が低いといわれています。
「のれん」の取り扱いと売却価格への影響
事業譲渡の場合、買い手は「のれん(=買収プレミアム、純資産を超えた買収額の差額)」を税務上5年間で定額償却できます。これは買い手にとって大きなメリットであり、買い手が事業譲渡を選ぶ理由の一つです。売り手にとっては、この点を活かしてのれんを適切に評価・交渉することが高値売却につながります。
税負担の試算は、個々の状況(資産の種類・金額・オーナーの持株比率など)によって大きく変わります。「どちらが有利か」を判断するには、必ず税理士と連携した上で、具体的な数値でシミュレーションをおこなうことをお勧めします。
※ 税務・法務の個別案件については、必ず税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の状況によって異なる場合があります。
特定承継(事業譲渡)を成功させるポイント
事業譲渡には、株式譲渡にはない固有のリスクと注意点があります。以下のポイントを事前に押さえておくことで、手続きをスムーズに進めることができます。
売却範囲を明確に定める
事業譲渡の最大の難所は「どこまでを売るのか」の範囲確定です。移転する資産・設備・契約・従業員・知的財産のリストを詳細に作成し、契約書に明記することが必要です。曖昧なまま進めると、後から「その設備は含まれていなかった」「あの契約はどうなるのか」といったトラブルが発生します。
競業避止義務に注意する
会社法第21条では、事業譲渡をおこなった売り手は、原則として20年間、同一市区町村およびその隣接地域で同一事業を営むことができないと定めています。つまり「事業の一部を売った後も別の形で同じ事業を続ける」ことは、法的に制限される可能性があります。将来の事業計画と照らし合わせて、事前に確認しておくことが大切です。
のれんの算定・交渉に備える
事業譲渡の価格交渉では、純資産(帳簿価額)だけでなく「のれん(将来の収益力・顧客基盤・ブランド力)」をどう評価するかが重要なポイントです。適切なのれんを主張するために、財務の透明性を高め、事業の収益性を明確に示すことが交渉力につながります。
・売却範囲のリスト作成と契約書への明記が必須
・競業避止義務(会社法第21条)に注意し、事後の事業計画との整合性を確認する
・のれんの適切な算定が高値での売却につながる
まとめ:自社に合った承継方法を選ぶために
特定承継(事業譲渡)は、「会社の一部だけを売る」という柔軟な選択肢を経営者に提供してくれる方法です。ただし、従業員一人ひとりの同意取得、取引先との契約移転交渉、税務上のシミュレーション、競業避止義務の確認など、株式譲渡と比べて手続きが複雑な側面もあります。
「稼ぎ頭の事業だけ売れるのか」「自社の場合はどちらが有利なのか」——こうした問いに対する答えは、会社の規模・業種・財務状況・オーナーの目的によって異なります。まずは専門家に相談し、自社に合った承継スキームを一緒に検討することをお勧めします。
実際の事例についてはSDアドバイザーズの実績・事例紹介ページをご覧ください。
「どこまで売れるのか」「本当に自社で使えるのか」——その疑問、SDアドバイザーズにお持ちください。
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私たちSDアドバイザーズ事業承継グループは、外部の企業にM&Aをご支援するコンサルタントではありません。
自社自身が事業承継・M&Aを積極的に活用し、グループ企業を拡大していく譲渡先として活動しています。「40人の社員がいる会社を40社つくる」というビジョンのもと、実際に譲渡企業の経営者様と向き合い、ともにグループの未来を築いてきた経験と実績が、このコラムの情報の裏付けとなっています。▶ 実績・事例紹介はこちら
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