【2026年9月号】あなたの会社は、譲った後どうなるのか――M&A成約は「ゴール」ではなく「スタート」
M&Aというと「会社を売って終わり」というイメージを持たれがちですが、経営者にとって大きな気がかりの一つは、手放した後の事業や従業員の行く末ではないでしょうか。今月号では、M&A後の統合プロセス「PMI」という考え方と、譲る側が相手を見極める視点、9月4日に公表された第16次公募の申請日程、そして老舗漬物店の味を近隣の味噌店が引き継いだ実例をお届けします。
目次
特集コラム:あなたの会社は、譲った後どうなるのか――「PMI」という考え方
会社や事業を第三者に引き継ぐM&Aを検討するとき、多くの経営者の関心は「良い相手が見つかるか」「いくらで引き継いでもらえるか」に向かいます。もちろんそれも大切ですが、長年会社を育ててきた経営者にとって、気がかりなのは「譲った後、会社や従業員、取引先がどうなるか」ではないでしょうか。
主にM&A成立後に、譲り受けた事業を円滑に継続し、さらに成長につなげていくために行う事業・経営の統合プロセスを「PMI(Post Merger Integration:経営統合プロセス)」と呼びます。中小企業庁は2022年3月に「中小PMIガイドライン」を策定し、M&Aの成立は「スタートライン」に過ぎず、その後の統合等の取り組みを適切に行うことが重要だとしています。なお、このガイドラインは主に譲受側が取り組むべきPMIを整理したものですが、その考え方は譲る側にとっても重要です。
長年育ててきた会社が、引き継がれた後もきちんと続き、育てられていくかどうかは、どんな相手に、どう引き継ぐかによって変わってきます。だからこそ、「誰に譲るか」を考える段階で、相手が事業をどう継続・発展させるつもりなのかに目を向けることが大切になります。
この点について、2024年8月に改訂された「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、最終契約の締結後やクロージング後に当事者間のトラブルへ発展するリスクへの対応に加え、不適切な譲受側を排除するための取り組みが強化されています。具体的には、仲介者・FAに対し、譲受側が事業を引き継ぐ意思や能力を有しているかを確認する観点から、財務状況や事業実態などを調査することを求めています。仲介者・FAを利用する場合には、こうした確認を適切に行う支援機関を選ぶことが大切です。また、公的な相談先として、全国の事業承継・引継ぎ支援センターを利用することもできます。
M&Aは、契約が成立した瞬間に完成するものではありません。誰に事業を託すのか、そして引き継いだ側がその事業をどう続け、育てていくのか。譲る側にとっても、「成約」の先にある会社の姿まで考えて相手を選ぶことが、納得のいく承継につながります。
出典:中小企業庁「中小PMIガイドライン」(2022年3月策定)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/pmi_guideline.pdf
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
事業承継・M&A補助金 第16次公募――10月2日受付開始、11月6日締切
事業承継・M&A補助金の第16次公募要領が、2026年9月4日に公表されました。申請受付期間は2026年10月2日(金)から11月6日(金)17時までの予定です。
この補助金は、事業承継やM&Aに際して行う設備投資、専門家の活用費用、M&A後の経営統合(PMI)などを支援するものです。枠は、親族内・従業員承継向けの「事業承継促進枠」、M&Aの売り手・買い手向けの「専門家活用枠」、M&A後の統合を支援する「PMI推進枠」、そして廃業を伴う再チャレンジを支援する「廃業・再チャレンジ枠」の4つで構成されています。
専門家活用枠では、M&Aの仲介・FA費用については、M&A支援機関登録制度に登録されたFA・仲介業者への支払いが補助対象となります。小規模事業者等が売り手となる場合の「小規模売り手支援類型」(補助上限450万円)も引き続き設けられています。
なお、直近の第15次公募では、申請551件に対し338件が採択されました(2026年9月11日公表)。申請にあたっては公募要領をよく確認し、余裕を持って準備することが大切です。
また、申請は電子申請システム(jGrants)で行うため、GビズIDプライムアカウントが必要です。第16次公募要領では、アカウントの申請・発行には1〜2週間程度、混雑時には3週間程度かかるとして、余裕を持って手続きするよう案内されています。一方、GビズIDの公式サイトでは、マイナンバーカードを利用したオンライン申請の場合、最短即日での発行が可能と案内されています。未取得の場合は、申請方法を確認のうえ早めに準備しておくと安心です。
出典:中小企業庁「中小企業生産性革命推進事業『事業承継・M&A補助金』(十六次公募)の公募要領を公表します」(2026年9月4日)
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/kobo/2026/260904001.html
出典:中小企業庁「事業承継・M&A補助金(十五次公募)の補助事業者を採択しました」(2026年9月11日)
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/saitaku/2026/260911001.html
出典:デジタル庁「GビズID」
https://pr.gbiz-id.go.jp/
第三者承継事例:老舗漬物店の味を、近くの味噌店が引き継ぐ――高知県・有限会社中央食料品店
この事例は、中小機構の事業承継・引継ぎポータルサイトに第三者承継事例として紹介されています。「誰に、何を引き継ぐか」によって、事業の未来が変わることを示す一例です。
高知市の中心街で1938年に創業した有限会社中央食料品店は、新鮮な野菜を使った彩り豊かな漬物で長年地元に親しまれてきた老舗です。2代目の近沢四三男さんと妻の芳子さんが二人三脚で切り盛りし、店はほぼ年中無休、60年余りにわたって地域の食卓を支えてきました。
近沢夫妻は体力の低下から廃業も考えるようになっていましたが、2020年春の新型コロナウイルスの影響で飲食店との取引が縮小し、その年の夏、廃業を決意します。この決断が地元紙で報じられると、廃業を惜しむ声が広がりました。
その情報を得た高知県事業承継・引継ぎ支援センターがすぐに動き、漬物の技術だけでも引き継ぎを検討してみないかと、近沢夫妻に提案します。センターは、同センター独自の「ネームクリア」方式――社名や事業内容など具体的な情報を公開して後継者を広く募る方法――で後継者探しを進めました。
そうして現れたのが、同じ高知市で創業100年余りの味噌店「宇田味噌製造所」の4代目・宇田卓生さんでした。「同じ発酵業だから引き継げる道具があるかもしれない」という軽い気持ちで訪ねた宇田さんでしたが、近沢夫妻から漬物作りの面白さや、その仕事に注いできた誇りを聞くうちに、引き継ぐことを決意します。宇田さんは日ごろから「地域の発酵文化を守り発展させ、後世に伝えていくこと」を願っており、その思いも決断を後押ししました。
2020年11月、宇田さんは漬物石やたるなどの用具だけでなく、近沢夫妻が培ってきた技術も受け継いでスタートを切りました。芳子さんは今回の承継を「(自分の娘が)お嫁に行ったみたい」と表現しています。こうして、近沢夫妻が長年守ってきた漬物の味と技術は、同じ地域で発酵食品を手がける新たな担い手へと引き継がれました。
出典:事業承継・引継ぎポータルサイト「有限会社中央食料品店」第三者承継事例紹介
https://shoukei.smrj.go.jp/case/ca018.html