【2026年10月号】「安心して譲る」ために――M&Aで知っておきたい、買い手と支援機関の見極め方

M&Aは、後継者のいない会社にとって大切な選択肢です。一方で、一部とはいえ不適切な買い手によるトラブルも報告されており、国も対策に乗り出しています。今月号では、譲る側が安心してM&Aに臨むために知っておきたい視点、11月6日に締切が迫る第16次補助金、そして離島のスーパーを取引先企業が引き継ぎ、地域の暮らしを守った実例をお届けします。

特集コラム:「安心して譲る」ために――M&Aで知っておきたい、買い手と支援機関の見極め方

後継者のいない会社にとって、M&Aは従業員の雇用や取引先との関係を守りながら事業を続けるための有力な選択肢です。売り手・買い手双方にとって納得のいく形で成立しているM&Aもたくさんあります。

一方で、不適切な買い手によるトラブルも一部で報告されています。具体的に問題となっているのは、たとえば次のような手口です。M&A成立後、売り手経営者の経営者保証(個人保証)が契約どおりに移行されないまま、買い手が譲り受けた会社の現預金などの資産を回収してしまう。そのうえで必要な事業資金も送らず、最終的に会社を倒産させてしまう。こうした行為を繰り返す不適切な買い手の存在が、実際に報告されています。こうなると、会社も従業員も守られないばかりか、売り手に保証債務だけが残ってしまうおそれもあります。

国もこの問題に本格的に対応しています。2024年8月に改訂された「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、不適切な買い手を排除するための対応などが強化されました。具体的には、仲介者*・FA*に対して、買い手側の財務状況や事業の実態、過去のM&Aに関するトラブルなどを調査し、その調査内容や結果について売り手に説明することなどを求めています。また中小企業庁は、その後も問題のあるM&Aに関与した支援機関への注意や、ガイドライン違反を理由とした登録の取消しなど、対策を進めています。

では、譲る側はどうすれば安心してM&Aに臨めるのでしょうか。買い手そのものについては、財務状況や事業の実態、過去のM&Aでトラブルを起こしていないかといった点について、仲介者・FAがどのような調査を行っているのか、説明を受けることが重要です。また、経営者保証についても、いつ・どのように解除・移行するのか、契約上どのように取り決めるのかを確認しておくことが大切です。

支援者を選ぶ目安となるのが、「M&A支援機関登録制度*」です。この制度に登録されるには、国の「中小M&Aガイドライン」を遵守する旨を宣言し、その宣言を自社サイトなどに掲載することが求められます。あわせて、着手金や成功報酬といった手数料体系を事務局に報告・公表することへの同意や、顧客が登録制度の情報提供受付窓口に相談したことだけを理由に、秘密保持義務違反として不利益な取り扱いをしないことなども求められています。登録制度の公式サイトでは、登録事業者の検索や、各社の手数料体系の確認もできます。登録の有無だけでなく、手数料の体系まで見比べておくと、支援者を選ぶ際の参考になります。

ただし、登録はガイドライン遵守などを前提とした仕組みであり、国が個々の支援の質やM&A取引の安全性まで保証するものではありません。だからこそ、登録事業者であることを一つの目安としつつ、全国47都道府県に設置された公的な相談窓口「事業承継・引継ぎ支援センター」でセカンドオピニオンを受けるなど、複数の視点で確認しながら進めることが大切です。一社だけの話で決めないことが、身を守る第一歩になります。

M&Aは、信頼できる相手と、信頼できる進め方で臨めば、会社の未来をひらく選択肢になります。だからこそ、「誰に、どう託すか」を見極める目を持つことが大切です。

【用語メモ】
*仲介者・・・売り手と買い手の間に立ち、双方の調整をしながらM&Aの成立を支援する事業者です。
*FA(フィナンシャル・アドバイザー)・・・売り手または買い手のどちらか一方と契約し、その依頼者の立場で助言や交渉を支援する専門家です。
*M&A支援機関登録制度・・・国の「中小M&Aガイドライン」の遵守などを要件として、FA・仲介業者を国に登録・公表する制度です。なお、登録事業者による不適切な対応については、別途「情報提供受付窓口」が相談を受け付けています。

出典:中小企業庁/M&A支援機関登録制度「登録制度の概要・公募要領」
https://ma-shienkikan.go.jp/
出典:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月改訂)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

事業承継・M&A補助金 第16次公募――締切は11月6日、申請準備はお早めに

事業承継・M&A補助金の第16次公募の申請受付が、2026年10月2日から始まっています。締切は11月6日(金)17時までの予定です。締切まで残り期間が限られてきましたので、検討中の方は準備を急いでください。

この補助金は、事業承継やM&Aに際して行う設備投資、専門家の活用費用、M&A後の経営統合(PMI)などを支援するものです。枠は、親族内・従業員承継向けの「事業承継促進枠」、M&Aの売り手・買い手向けの「専門家活用枠」、M&A後の統合を支援する「PMI推進枠」、そして廃業を伴う再チャレンジを支援する「廃業・再チャレンジ枠」の4つで構成されています。

専門家活用枠では、M&A支援機関登録制度に登録されたFA・仲介業者への仲介・FA費用が、その他の補助要件を満たす場合に補助対象経費として計上できます。特集でも触れたとおり、登録事業者を活用することは、安心してM&Aを進めるうえでの一つの目安にもなります。

申請は電子申請システム(jGrants)で行うため、GビズIDプライムアカウントが必要です。第16次公募要領では、アカウントの申請・発行には1〜2週間程度、混雑時には3週間程度かかると案内されています(なお、GビズID公式では、マイナンバーカードを利用したオンライン申請の場合は最短即日とされています)。締切までの日数を踏まえ、未取得の方は今すぐ手続きを進めてください。なお、申請内容に不備があった場合の指摘・修正に対応する機会を確保しやすくするため、公式サイトでは10月29日までの申請が推奨されています。

出典:中小企業庁「中小企業生産性革命推進事業『事業承継・M&A補助金』(十六次公募)の公募要領を公表します」(2026年9月4日)
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/kobo/2026/260904001.html
出典:事業承継・M&A補助金公式サイト
https://shoukei-mahojokin.go.jp/

事業承継事例:離島のスーパーを、取引先の運輸会社が引き継ぐ――長崎県・株式会社奈留島運輸

長崎県五島市の奈留島は、五島列島のほぼ中央に位置する離島です。この島で物流インフラを担うのが、株式会社奈留島運輸(2025年版中小企業白書では従業員39名と記載)です。九州本土から毎日船で届く生活必需品を島内へ配送するほか、工事用の木材や機材なども扱い、島の暮らしを支えてきました。

長年の取引先の一つに、スーパーマーケット「新鮮館すずらん」がありました。経営する鈴木信吉代表は、自身の高齢と、島の人口減少や人件費の上昇を受けて経営の先行きに不安を抱えていました。子息は島外に住んでおり、後継者がいない中、2020年、地元の五島市商工会に相談。そこから長崎県事業承継・引継ぎ支援センターを紹介され、譲受先探しが始まりました。

しかし、離島という立地などから譲受先はなかなか見つからず、鈴木代表は2022年10月をもって廃業することを決意します。当時、島内のスーパーは新鮮館すずらんのほかに残り1店という状況で、新鮮館すずらんが閉店すれば、島民の暮らしに大きな影響が及ぶことが懸念されていました。

ここで手を挙げたのが、取引先である奈留島運輸の柿森誠社長でした。異業種であるスーパー経営への不安もあり、柿森社長はセンター同席のもとで慎重に検討を重ねます。それでも、島民に愛されているこの店をなくすわけにはいかない、島のために自分が何とかしなければという強い使命感から、承継を決断しました。合意後の手続きはセンターが中心となって契約まで伴走し、スムーズに進みました。

一度は閉店が決まっていた新鮮館すずらんは、営業を一日も途切れさせることなく、新たな担い手のもとで続くことになりました。従業員19名全員の雇用も守られました。取引先を引き継ぐことで、島の物流と暮らしの両方を支える。地域にとってなくてはならない事業が、こうして次の担い手へと引き継がれました。

出典:2025年版中小企業白書「第9節 事業承継」事例1-1-8 株式会社奈留島運輸
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/chusho/b1_1_9.html
出典:中小機構九州「継ぐモノ-九州における事業承継-」奈留島運輸×新鮮館すずらん
https://shoukei9.smrj.go.jp/1444/

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