SDアドバイザーズ高木の原点――ごく普通の将棋少年が経営者になるまで

中小企業において、トップがどんな人物であるかは、会社の文化や方向性を大きく左右します。

今回は、SDアドバイザーズ代表・高木の「原点」をテーマに、幼少期から社会人・起業に至るまでの歩みをインタビュー形式でお届けします。経営者になるまでの歩みをたどりながら、高木という人物の根っこを探ります。

幼少期・小学校時代――幼少期は自然で育ち、小学校で「とことん突き詰める」ことを経験

幼少期は自然の中で育ちました。振り返ると、幼少期・小学校時代から「一つのことを徹底的に突き詰める」性格があらわれていました。

── 幼少期はどんなお子さんでしたか。

家の裏手にすぐ山があるような環境でしたので、よく虫を取りに行っていました。カブトムシやクワガタですね。虫を取りに行かない時は、近所の川に行って魚をよく釣っていましたよ。弟と2人でいつも一緒に行っていましたし、時には友達をたくさん連れてわいわいやっていましたね。家庭は本当に普通で、父はサラリーマン、母は専業主婦というごく平凡な家庭でした。

── 小学校時代で特に印象に残っていることを教えてください。

普通の小学生でしたよ。友達と近所の原っぱでよく野球をやっていましたね。よくピッチャーをやっていて、変化球の研究に熱中していました。カーブはこう投げるんだ、シュートはこう投げるんだ、というように。

ただ一番印象に残っているのは将棋ですね。小学校5年生ごろから熱中し始めたんですが、きっかけは友達にボロ負けしたことでした。何回も何回も散々負けて悔しくて、そこから夢中になりましたね。1ヶ月後にはその子に勝てるようになっていましたし、地方の小学生名人戦の県予選ではトップ4に入るくらい強くなりました。将棋を通じて記憶力が磨かれたり、ロジカルに深く考える習慣が身についたりしたと思います。得意科目が算数と社会だったのも、将棋で鍛えた記憶力と論理的思考が役に立っていたのかもしれないですね。

中学校時代――パソコンとの出会い、独学で始まったプログラミング

中学校時代は、大きな転換点でした。当時まだ珍しかったパーソナルコンピュータと出会い、独学でプログラミングを習得していきます。コンピュータ雑誌の立ち読みと、そこに書かれているコードを家電量販店の展示品で試すという勉強法でした。

── 中学校でいちばんはまったことは何ですか。

パソコンに出会ったことが、すごく大きかったと思います。友達に教えてもらったのが最初で、授業でパソコンを使うような時代では全くなかったですし、友達の家に行って触らせてもらったのがきっかけでした。最初はゲームが楽しかったんですが、だんだん飽きてきて。当時コンピュータ雑誌というものがあって、その中にプログラムが掲載されていたんですよ。それをパソコンに入力するとゲームが動く。「自分で作ればゲームができるんだ」と気づいて、そこからプログラミングに興味が移っていきました。

勉強の仕方が少し変わっていて、近所のお店の本屋でコンピューターの本を立ち読みして覚えて、同じお店の電気コーナーの展示品のパソコンでプログラムを書いて動かす、というのを繰り返していましたね。そのうち親にパソコンを買ってもらって、家でも思う存分やれるようになりました。きっかけはゲームでしたが、だんだんゲームを作る側の方がずっと面白くなっていきましたね。

── 将棋よりプログラミングの比重が大きくなったのはなぜですか。

将棋も引き続きやっていましたよ。中学校には将棋部があったんですが、あえて入らずに、アマチュアの上段者が集まる将棋の支部に通っていました。私はアマチュアで3段くらいの実力でしたが、5段・6段の方々には全然勝てなかったですね。将棋部の顧問の先生には勝てていましたけど(笑)

将棋も無限の広がりがある世界なんですが、プログラミングはさらにもっと広い、創造性のある世界という感じで夢中になりましたね。制約がないというか。中学3年生でプログラミングと出会ってからは、そちらの比重がどんどん大きくなっていきました。

高校時代――ゲームを「作り、改造する」、独創的な探求の日々

高校に進んでからも、プログラミングへの熱中は続きます。ただ一から作るだけではなく、既存のプログラムを自分なりに触って書き換えることも行っていました。既製のゲームのプログラムを解析して改造するという遊びが、技術力をさらに高めていきました。

── 高校時代のプログラミングについて教えてください。

もうずっとやっていましたね。ゲームを作ることに熱中していて、当時アドベンチャーゲームというジャンルがあって、謎解きをしながら進んでいく形式のものを自分でよく作っていました。本の通りに作るのではなく、自分でいろいろ考えてやっていましたね。

さらに、既製品のゲームを改造することもやっていました。シミュレーションゲームで自分が敵キャラになってプレイするようにカスタマイズしたり、麻雀ゲームでは全部の牌が見えるように改造してコンピューターの打ち方を研究したりとか。壊れたらどうしよう、とは全然考えていなかったです。こういう風に改造したら面白くなるというチャレンジ精神だけで、その欲求の方が強かったんです。

大学・社会人時代――即戦力のアルバイターから、優秀なエンジニアへ

大学では情報系の学部に進み、在学中から企業でプログラマとして即戦力で働き始めました。社会人になってからはOSに近い難しい開発に携わり、上司との出会いがエンジニアとしての力をさらに引き上げていきました。

── 大学・社会人時代のお話を聞かせてください。

プログラミングがしたかったから、情報系の学部を選びました。当時はそういった学部がある大学が本当に少なくて、全国で探して受験しましたね。大学のそばにソフトウェアの会社があって、そこでプログラマとしてアルバイトで働いていました。大企業からソフトウェアを受注しているような会社で、仕様書を渡されて「あとはよろしく」という感じで任せてもらっていました。楽しくて楽しくてしょうがなかったですね。

社会人になってからは、大手電気メーカーのソフトウェアを作る会社に入りました。プログラミングができる環境が一番の選定理由でしたね。配属後は新規事業部門でさまざまな開発を経験した後、OSに近い部分を作るという非常に難易度の高いプログラミングに携わるようになりました。

── その頃、特に印象に残っている経験はありますか。

そこで本当にできる上司の方に師事できたことが大きかったですね。当時はデバッグ(プログラムの誤りを見つけて修正する作業)を補助するツールが整っていない環境でしたが、そういった状況でも確実に問題を特定して直す方法を教えてもらいました。通常ではなかなかできない経験でしたね。その上司は周りからも恐れられているような別格の方でしたが、私には丁寧に教えてくれたので本当に大好きでしたし、師匠のように慕っていましたね。文献が英語しかないような最先端の技術を、探求心を持って自ら調べてきた方でした。今思えば、本当にいい会社に入れたと思っています。

起業へ――「自然な流れ」で経営者になったその理由

プログラミングに情熱を燃やしてきた高木が、なぜ経営者の道を選んだのか。それには劇的なきっかけがあったわけではなく、株式投資をきっかけとした経営への関心、周囲の起業家たちからの刺激、そして社会人大学院での学びが、自然な流れの中で重なっていった結果でした。

── 起業しようと思ったきっかけや経緯を教えてください。

これというきっかけがあるわけではないんですよ。徐々に周りの環境と自分の気持ちが重なって、自然にそうなっていった感じですね。30代の初め頃に株式投資を始めたんですが、そうすると企業研究・企業分析をやることになります。「会社って何だろう」「経営って何だろう」というところにどんどん興味が向いていきました。仕事でも役職が上がっていく中で、経営というものへの興味関心がますます出てきましたね。

また、独立・起業する人が周りに結構いたんですよ。今思えば当時に起業して、今は上場企業の社長をされているような方も実際にいます。そういった人たちから刺激を受けたことが非常に大きかったですね。そういった流れの中でMBA(経営学修士)を取得できるビジネススクール、社会人大学院に入学して、働きながら経営を学び、卒業して独立・起業した、という流れです。

── プログラミングから経営へ移ることへの迷いはなかったですか。

プログラミングの楽しさはもちろんあるんですが、それ以上に経営への興味関心が出てきたということですね。年齢とともに、その思いがますます強まっていきました。今の経営はしんどいとかつらいとか全くなくて、楽しくて仕方ない感じです。どちらかというと、サラリーマン時代を第一のステージとすると、今は引退してセカンドライフを歩んでいる感覚なんですよ。よくサラリーマンの方が引退して地方で畑仕事を楽しむ、あの感覚に近いんです。経営者仲間に「いつ引退するの?」と言われても、もうこれ以上引退しようがない、次がないんですよ(笑)

おわりに

虫取りや釣りに熱中したアウトドア少年からスタートし、将棋に目覚め、プログラミングと出会い、やがて経営者になるまでの高木の生い立ちをインタビューで追ってきました。一つひとつのことに熱中しながら着実にステージを上げてきたその歩みは、SDアドバイザーズが大切にする「変化・成長するために力を尽くして励む」という姿勢と重なります。SDアドバイザーズでは、こうした考え方や姿勢を共有できる仲間とともに、事業承継・M&Aを通じて成長していくことを大切にしています。

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代表取締役 高木栄児