【2026年5月号】自社に合った承継の選択肢。計画延長された事業承継税制の注意点。
後継者への自社株承継で贈与税・相続税が実質ゼロになる「事業承継税制(特例措置)」は、使える場面と使えない場面があります。今月号では、制度の正確な対象範囲と見落とされがちな期限の構造、そして後継者不在の酒蔵が思いがけない縁でM&Aによって守られた実例をお届けします。
目次
特集コラム:知っておきたい、事業承継税制の対象と限界
事業承継の方法を検討するとき、よく耳にする制度のひとつが「法人版事業承継税制(特例措置)」です。後継者が先代から自社株式を贈与または相続で引き継ぐ際、本来かかる贈与税・相続税の全額が猶予され、条件を満たせば最終的に免除される制度です。株価が高い会社ほど恩恵は大きく、活用できるかどうかで数千万円から億単位の差が生じることもあります。
ただし、この制度には明確な対象範囲があります。適用されるのは、贈与または相続による承継に限られます。後継者として株式を引き継ぐ人物が社内外に決まっている会社にとっては強力な制度ですが、使える条件が限られています。
もう一点、制度を活用できる会社にとっても注意が必要な事実があります。令和8年度税制改正により特例承継計画の提出期限は2027年9月30日まで延長されましたが、実際の贈与・相続を実行する期限は2027年12月31日のまま変わっていません。令和6年度税制改正大綱では「今後とも延長を行わない」と明記されており、事実上のデッドラインです。
2027年9月に計画を提出した場合、実行まで残るのはわずか3ヶ月。後継者の役員就任、株式評価の算定、税理士との連携、都道府県への申請——これらの準備には一般的に半年から1年以上かかります。「延長されたから余裕ができた」は、危険な誤解です。
整理すると、事業承継の選択肢はおおむね次のように分かれます。後継者が決まっている会社は、税制の活用を視野に入れながら早期に準備を始めることが合理的です。一方、後継者が見当たらない会社、株価が低くて税制の恩恵が小さい会社、あるいは会社をより大きな体制で発展させたいと考える経営者には、M&Aによる第三者承継が現実的な選択肢になります。中小企業庁のデータでは、M&A後に従業員の雇用が完全に維持されたケースは8割以上にのぼります。
どちらが正解かは会社の状況によって異なります。大切なのは、制度の有無にかかわらず、選択肢を早い段階で把握しておくことです。
出典:中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
出典:中小企業庁「事業承継を知る」(M&A後の雇用維持率)
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html
令和8年度「後継者支援ネットワーク事業」始動――相談窓口のさらなる充実へ
中小企業庁は2026年4月3日、令和8年度「後継者支援ネットワーク事業」に係る企画競争の募集を開始しました。全国の商工会・商工会議所・金融機関等が連携して構成する「事業承継ネットワーク」を通じ、まだ承継を具体的に考えていない経営者にも広くアプローチし、「気づき」を促すことを目的としています。
これまでの累計実績は約120万件を超えるプッシュ型の事業承継診断であり、令和8年度もこの体制がさらに強化される見通しです。身近な金融機関や商工会からの声かけを通じて、事業承継の相談につながるケースが増えることが期待されています。
あわせて、中小企業庁は令和7年度補正予算により「中小M&A資格試験実施事業」の企画競争募集も開始しています(2026年3月27日)。M&A支援に関わる専門家の資質向上・標準化を図るもので、仲介業者・士業の方にとっても今後関連する動きとして注目されます。
出典:中小企業庁「令和8年度『後継者支援ネットワーク事業』に係る企画競争の募集を開始します」(2026年4月3日)
https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/itaku/kobo/2026/260403001.html
成功事例:酒造りを愛した似た者同士――栃木県・池島酒造株式会社の第三者承継
1907(明治40)年創業の池島酒造株式会社(栃木県)は、地元の井戸水と酒米で造る「池錦」ブランドが”那須の美酒”として地域に愛されてきた老舗酒蔵です。4代目社長の池嶋さんは酒造りを極めた職人経営者でしたが、長男はすでに公務員として就職しており、重労働を知るがゆえに「継いでくれ」とは頼めなかったといいます。
自ら動いて地元金融機関の仲介で第三者への事業譲渡をほぼ決めたこともありましたが、諸事情から最終段階で破談に。引っ越し先まで決めていた池嶋さんに、徒労感だけが残りました。
転機をもたらしたのは、日本政策金融公庫と事業承継・引継ぎ支援センターの連携でした。センターを通じて引き合わされたのが、小売酒店を営む2代目経営者・荒川さんです。荒川さんは酒造りそのものへの夢を長年持ち続けており、地元への貢献という思いも共通していました。初めて顔を合わせた二人はすぐに意気投合し、交渉はスムーズに進みました。
承継後、池嶋さんは製造責任者として蔵に残り、荒川さんとともに酒造りを続けています。「主人自ら蔵に入るべし」という初代からの家訓は、形を変えながら次の世代へと受け継がれました。
この事例が示すのは、縁もゆかりもない相手への承継であっても、「同じものを大切にしたい」という思いが一致すれば、会社も文化も守られるということです。後継者がいないことは、終わりではなく、新しい縁の始まりかもしれません。
出典:事業承継・引継ぎポータルサイト「池島酒造株式会社」第三者承継事例紹介
https://shoukei.smrj.go.jp/case/ca019.html